クロニクル

1-1: FCバルセロナ- セビージャ (リーガ)

今日までリーガがセビージャ色に染まったのは1946年、バルセロナの地で1回だけ。バルセロナは勝利が必要な場面、ドローで試合終了。

Los campeones de la liga del 45 en el autobús en Sevilla

1946年3月24日から31日の週、セビージャにとって一番重要な一週間となったことは言うまでもありません。バルセロナは勝利が必要だったのに対し、セビージャはドローで優勝が決定。カタルーニャ地方の首都で行われた一戦、500人のセビージャファンが応援のため移動し、チームを盛り上げるため全役員も観戦しました。

開始7分、ロペスの正確なセンタリングに「パト」アラウホが頭で合わせ、ゴールネットを揺らしました。スタジアムにはセビジスタ500人の歓喜だけが響き、それ以外は静まり返っていました。63分、ブラボがバルセロナに同点ゴールをもたらし、サポーターは息を吹き返し、優勝が決まる追加点を目指し、選手たちを後押ししました。一方で、セビージャの監督、ラモン・エンシナはゴールキーパー、ブストの周りを固めるように選手たちに指示し、試合時間が経過。バルセロナの監督、サミティエルは相手ゴールを囲みこむことを選手たちに支持しましたが、最終的に成果を得ることができませんでした。試合翌日、バルセロナをはじめスペイン全土の新聞がセビージャは優勝に値したと報道し、レス・コルテスでのドローはそこまでの勝利の数々の集大成になりました。

El equipo campeón de liga con la copa en Nervión
Los jugadores con la copa de liga, año 1946
El equipo campeón de liga visita el ayuntamiento
Visita a la Torre del Oro por el Sevilla FC en el año 1946
El equipo ganador de liga llega a Sevilla

リーガチャンピオンの帰還は一大イベントとなりました。チームはすべての町、村に足を止めることになりました。コルドバへの到着は感動的なもの。コルドバのクラブ幹部がシャンパンでセビージャチームを祝福しました。何千人ものセビジスタが勝者を迎え入れるためカルモナに集まり、セビリアまでの道のりを共に歩むため、バス、車、バイク、自転車が長蛇の列となりました。ホアキンの生誕地であるアルカラ・デ・グアダイラでの祝福も象徴的で、この日を祝日としました。

セビリアでは大観衆に迎え入れられました。市役所はプエルタ・デ・へレスからプラサ・ヌエバまでのすべてのバルコニーを、ネルビオンをホームに持つチームの色で飾るように取り決めました。市役所に到着した際は、ドゥケ・デ・アルカラ・デ・ロス・ガスレス市長が迎え入れ、コンタデロ伯爵が先頭にたつチームにセビリア市民の祝福を告げました。また市長は選手とコーチ全員に数々のプレゼントを贈り、その中には町の盾が刻まれた金時計も含まれていました。セビリアにある多くの会社が祝賀に参加し、全選手が1000ペセタの入った皮財布を受け取りました。

カップの授与は7日後、ネルビオンスタジアムでチャンピオンのセビージャFCとグラナダCFとの記念試合において行われました。セビージャFCは4-0で勝利しましたが、試合の結果以上に、セビージャのキャプテン「ストゥカ」ペペ・ロペスがスペインサッカー協会のハビエル・バッロソ会長から優勝カップを受け取った瞬間がもっとも重要だったことは言うまでもありません。セビージャ選手は優勝賞金として約1000ドゥーロ(30ユーロ)を受け取り、1946年当時は大金となりました。もう一つの話として、試合終了から1時間後、バルセロナのアルバレス・キンテロ劇場でアントニィータ・モレノ(セビジスタを公言)がセビージャFCの旗に身を包んで公演を行い、観客から大喝采を受けました。

試合記録

1. FCバルセロナ: ベラスコ、カロ、クルタ、ゴンサルボ III、ビルゴス、ゴンサルゴ II、ガモナル、エスコラ、コリノ、セサル、ブラボ

 

1. セビージャFC: ブスト、ホアキン、ビジャロンガ、アルコネロ、アントゥネス、エギルス、ロペス、アルサ、アラウホ、エレラ、カンポス

 

得点: 0-1 25分 ルイス・ファビアーノ1-1 19分、アルサ

 

審判: ペドロ・エスカルティン

 

記録:リーガ1945/46、1946年3月31日、バルセロナにて。カタルーニャ地方の首都へ約500人のセビージャサポーターが移動しました。